コンピュウェア経営陣

ポール・ザルニック
シニア副社長兼最高技術責任者
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ダニエル・S.・フォリス Jr.
副社長、総務取締役/書記
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ローラ・フォルニエ
エグゼクティブ副社長、最高財務責任者、財務部長
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ピーター・カルマノス Jr.
会長兼最高経営責任者(CEO)
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ボブ・ポール
社長兼最高運営責任者
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デニス・スター
最高管理責任者
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コンピュウェア経営陣の経歴

ポール・ザルニック
最高技術責任者


ポール・ザルニックは、コンピュウェアでは「リフター」の異名をとっています。 彼は、1981年にProfessional Services組織のための契約社員のプログラマーとしてコンピュウェアに入社しました。 その後、独立して自分自身のソフトウェアおよびサービス会社を設立するためにコンピュウェアを離れたつかの間の「休暇」期間を除き、ポールはコンピュウェアで数多くの技術的および管理的役職を担い、現在のCTPのポジションに到達するまで常時全力を傾けてきました。

プログラマーの心を持ったポールは、奥深く、幅広い技術業界の知識を貪欲に吸収することを怠らず、現在の役職に役立てるよう心がけています。 彼は製品提供においてはタカのように目を光らせ、Agile開発の第一人者でもあります。 彼はコンピュウェア営業組織との密接な提携も重視しており、営業担当者と肩を並べて顧客のフィードバックやニーズについて意見を交わすことをとても大切に思っています。

1000人以上の従業員を率いる彼は、自分のチームについて「熟練した金の卵たち」と語っています。 彼のチームは世界最大級のコンピュウェア製品およびサポートを世界中の顧客へ提供しています。

ポールは、彼の成功や持続性は技術開発についての彼独自の哲学「FUD」によるものだとしています。通常、業界用語でFUDとは、Fear(恐れ)、Uncertainty(疑念)、Doubt(不信感)を意味しますが、 彼の解釈するFUDは、Focus(集中力)、 Urgency(切迫感)、Discipline(試練)を意味します。 25年以上にもわたって、これらの言葉は彼だけでなくコンピュウェアにとっても優れた教訓となっています。

ポールは、デトロイトのArt Center Hospitalでプログラマーの夜勤として働きながらWayne State Universityで学びました。 彼はミュージシャン、作曲家としてもなかなかの腕を持ち、現在はユニオンレイクに元コンピュウェア社員でもある妻のドナと、アレクサンダーとエカテリーナの2人の子供たちと暮らしています。 ミシガン州オーグレスにある自然に囲まれた別荘で休暇を過ごすのがザルニック一家の楽しみでもあります。
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ダン・フォリス
副社長、総務取締役/書記


熱心なスポーツファンかつスポーツ選手でもあるダンがアイススケート場からコンピュウェアに参入したのはそう驚くことでもないかもしれません。 1998年、コンピュウェアに総務取締役として勤務していたのはダンの少年時代のコーチでした。 シカゴの法廷で4年間法廷弁護士を務めたダンがコンピュウェアのシニア弁護士のポジションに応募してきたとき、彼の記憶にはホッケーチームの守備を努めていた青年の意志の強さや正義感がよみがえってきました。 この役職では、ダンはコンピュウェア全体の雇用問題や知的財産の侵害、契約に関する争議を含む、さまざまな企業訴訟に関する業務に関わりました。 IBMを相手にした複雑な独占法および知的財産問題を争点とした大掛かりな訴訟を担当した彼は、コンピュウェアに対して4億米ドルもの和解金を支払う勝利の判決に持ち込みました。

法廷や企業法に関するダンの幅広い知識と、機会を逃さずそれを生かす彼の鋭い能力が認められ、彼は2006年にコンピュウェアの総務副取締役として任命されました。 ここでも彼はコンピュウェアの社内法務関連業務や社外法廷業務においてその能力を発揮し、コンピュウェアの年間弁護費用を50%も削減することに成功しました。

現在、ダンはコンピュウェアの法務部門全体を率いるリーダーとして、商事裁判、雇用法、移民法、知的財産、吸収合併、企業ガバナンス、国際法、SECコンプライアンスなどを含む幅広い法律分野での総合的かつ実践的なアドバイスを提供しています。 1994年にUniversity of Michigan Law Schoolで学位を取得する前に在学していたDetroit College of Law時代から、ディーンズリストや法学論文にも名を連ねた弁護士としては自然なキャリアだと言えるでしょう。

グロス・ポイント・パークに住むダンと彼の妻モーリーンは、現在2人の息子を相手にエキサイティングな毎日を送っています。 社外でもスポーツを欠かさない彼は息子のホッケーチームのコーチを務めており、時間があるときは彼自身も自由参加型のホッケー選手としてプレーすることもあります。 ゴルフも彼の愛するスポーツのひとつですが、ハンデは誰にも秘密にしています。 また、彼はデトロイトのロックバンドで演奏することでも知られています。
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ローラ・フォルニエ
エグゼクティブ副社長、最高財務責任者、財務部長


コンピュウェアのようなグローバル企業の財務管理を行うには、知性や奉仕精神、そして多大な努力が必要とされますが、 コンピュウェアの重役副社長、CFO、財務部長を兼ねるローラ・フォルニエには、それらに加えてもうひとつの重要な要因があります。それは「愛情」です。 彼女は、自分の仕事に対する愛情、そして一緒に仕事をする仲間に対する愛情をとても大切にしています。

これまでも、ローラはキャリアにおいてすべて自分の心の声に従ってきました。 小学校教育の学位を取得していた彼女の最初の仕事は、なんと材木場の会計部門でした。 そこで仕事の面白さに目覚めた彼女は、ラスベガスのUniversity of Nevadaで会計学と金融の学位を取得しました。

自分の現在の成功は、勉強に追われる日々を与えてくれたUNLVのおかげだと語る彼女は、CPA試験にも一発で合格しています。 公認会計士としての数年間のキャリアのあと、ローラはLaventhol and Horwathでシニアマネージャーとして勤務しましたが、 コンピュウェアはローラがそこで手がけたなかでも最も手ごわく、興味深いクライアントでした。 彼女はこの時の経験を、「コンピュウェアは、何か違うことをやる」と語っています。

コンピュウェアに参入するチャンスは1990年にやってきました。当時彼女は大手自動車会社のポジションを受けるかどうかを迷っていましたが、 この時もまた、彼女は自分の心の声に従い、「ただの歯車の一部」ではないと感じた方のポジションを選択することに決め、社内監査部門ディレクターおよびコントローラーとしてコンピュウェアへ入社することを決意しました。

現在、ローラはコンピュウェアの財務および人事組織の監督という責任を担っているほか、 財務部長としての役割も果たしており、財務関連の戦略的計画やすべての事業プラクティス、ポリシーなどをリードする立場にあります。 在職中、彼女はコンピュウェアの株式公開の達成など、会社にとって最も意義のある重要な場面と歩みを共にしてきました。 絶え間ない挑戦をもたらすこの役職において、ローラは自身の成功の秘訣を、複雑な状況から一歩身を置き、コンピュウェアとその社員全体のために最良の決断を見出す思慮分別を持つ自身の能力のおかげだと語っています。

ローラのかつての指導者のひとりは、彼女にこう語りました。「優秀な人間は、コンピュウェアで無気力に日々を過ごすことはありません」。彼女はこの言葉を胸にしまい、会社にとって最高の会計チームを発足・育成するうえでの自分自身の理念として貫いてきました。 チームリーダーとして、ローラは現在も日々努力を絶やさず、スキルを磨きながら公認会計士としての資格を維持しています。

また、彼女はコンピュウェアの事業部門以外にもすばらしいチームを築き上げました。このチームは、毎年ホリデーシーズンに多くの家族に喜びや快適さをもたらしています。 友人達やコンピュウェアの仕事仲間、St. Vincent de Paul団体と力を合わせて築いたこのチームと共に、ローラはトラック何台分ものホリデーギフト、食料品、その他沢山の贈り物を毎年多くの家族に届けています。

ローラと彼女の夫は現在ミシガン州クレメンズに在住しており、 2人の子供たちやその孫たちと過ごす時間を大切にしています。
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ピーター・カルマノス Jr.
会長兼最高経営責任者(CEO)


ピーター・カルマノス Jr.に1度でも会ったことがあれば、彼が情熱の塊のような人間であることを理解するでしょう。 コンピュウェアの会長兼最高経営責任者として、ピーターは会社の価値観が顧客へ確実に届くよう、日々情熱を注いでいます。 その方法はシンプル以外の何ものでもありません。 市場で最も人気のある分散型製品、プロフェッショナルに徹した優れたサービス、世界で最も評価を得ているメインフレームソフトウェアなどを通して顧客の生産性を向上することです。

しかし、コンピュウェアが現在の地位に登りつめるまでの道は必ずしも易しいものではありませんでした。 時は遡って1973年、ピーターは2人の友達とダイニングルームに座り、いちかばちかの賭けに出ることにしました。 3,000ドルの確定申告の還付金のおかげで資金は予想以上に多く、それをもとにピーターと彼の友人はコンピュウェアを設立しました。これが、後に世界的なリーダーとして技術価値を顧客へ提供する会社へ変身を遂げることになります。 ピーターと故トーマス・シューズ、アレン・カティング Jr.の3人は、「20~25人ほどの規模で、楽しく働ける会社」を設立しようと考えていました。 しかし彼らの意に反して、コンピュウェアは4,000人以上の社員と10億ドルもの年間収益を誇るデトロイト発祥の巨大企業に成長しました。

コンピュウェアの設立以来、ピーターはジェットコースターの最前列にいるかのようにテクノロジー業界のトップを躍進し、すべてを目にしてきました。 訪れては去ってゆく数々の流行、例えば 小さな靴下の人形が2百万ドルもの制作費をかけたTVコマーシャルに出演した後で破産し、オークションにかけられる様子も見てきました。 このクレイジーな風潮の中で生き残るにはどうしたらよいか彼は考えました。 ピーターが語っているように、そこには特別な秘密は何もありません。 非常に明確なリーダーシップや実践的なトレーニング、業界の最新トレンドに対する洞察力、そして何よりも重要な強固な基盤といったものが相互に機能し、長い年月をかけて証明されてきたに過ぎないのです。

ピーターにとっての会社の基盤とは、コンピュウェアの確実で強固な使命、つまり、テクノロジーを通して会社の価値を顧客に提供し、自動車から小型部品の販売まで、顧客がそれぞれの得意分野に集中できるようサポートすることを意味していました。 この目標によって、ピーターと世界各地の彼のチームは市場の傾向や流行を先読みし、顧客のニーズに応える実用的なソリューションを構築することができたのです。 ソフトウェアの期待以上のパフォーマンスを支援するソリューションを提供することから、コンピュウェアは、これからもコンピュータに携わるお客様の業務をサポートしてまいります。

コンピュウェアは「ブルーカラーのソフトウェア会社」と呼ばれてきましたが、その理由は、ピーター・カルマノス Sr.がデトロイトで経営する簡易食堂にあります。 正式な店名は「Grand & Lahser Hamburgers」であるにもかかわらず、その店は「ピーター食堂」と呼ばれています。 これはピーター Jr.が顧客の期待に応えることの意味を学んだ最初の場所で、 ここでレジ係をしていた時代から、彼は毎日仕事をして何かを成し遂げることの価値を身につけてきました。

この食堂時代に彼が学んだもうひとつの価値感は、毎日事業に貢献する努力を惜しまない人間へ敬意を払うことでした。 25人規模の会社を設立するという目標を大幅に上回った彼は、「楽しく働ける会社を作る」という当初の目標も大幅に上回ることができるよう力を注いできました。 現在、デトロイトのダウンタウンにあるコンピュウェア本社の建物には、斬新でオープンなデザインや素晴らしい景観とともに、ジムや託児所、その他多数の社員用設備が揃っており、フレンドリーで楽しい会社の文化を良く表しています。

ピーターは熱心な園芸家で、その腕はプロ並です。 彼はMensaの会員でもあり、有名なトリビアのクイズ番組でその(不正解の)回答にも名前が使われています。 また、スポーツ好きの彼はCarolina Hurricanes (National Hockey League)、 Plymouth Whalers (Ontario Hockey League)、Florida Everblades (East Coast Hockey League)の3つのホッケーチームの共同所有者でもあり、ミシガン州南東部の子供向け青少年ホッケープログラムも運営しています。

個人やビジネスの目標に加え、ピーターは慈善活動にも熱心に関わっています。 ピーターは、唯一、女性の名前に因んだ団体Barbara Ann Karmanosがんセンターへ5,000万ドル以上の献金を行い団体設立とサポートに貢献しています 世界各地のコンピュウェアの社員と同じく、ピーターはその他多くの分野でも多大なサポートを提供しています。 ビジネスとテクノロジーのキャリアを歩み始める前は、ピーターはデトロイトのWayne State Universityで学びました。

ピートは、妻のダニエルと双子の息子、ソクラテスとレオニダスとともにデトロイトに住んでいます。 ピーターはいまや、5人の息子と8人の孫を持っています。

妻のダニエルは、国内で有名なビデオ・プロデューサーとして仕事をする傍ら、Danialle Karmanos’ Work It Out (DKWIO)を創設しました。DKWIOは、子供たちに健康的な選択をするための様々な手段を提供することで、子供の肥満の防止を目指す 501(c)3の組織です。 ポップコーンとミルクデューズをつまみながらの映画や旅行、新聞、ゴルフなどを趣味として暮らしています。 彼らがいつの日か共同でプロデュースしたいと願っているドキュメンタリー映画の計画も現在進行中です。
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ボブ・ポール
コンピュウェア社長兼最高運営責任者

ボブ・ポールは、企業の堅調な成長を図る手腕に定評のあるビジネスリーダーです。   コンピュウェアの社長兼COOを務めるボブ・ポールは、その能力を活かして、当社の世界的な製品およびサービスオペレーション、変革的なCompuware 2.0イニシアチブに加え、製品管理、マーケティング・コミュニケーション、営業技術サポート、採用・研修・キャリア開発など、その他多くの主要任務を指揮しています。 彼も会社の取締役会に参入しています。 効率的な戦略プランを考案し、事業や子会社の抜本的な再編成を行い、企業買収を行った結果、短期目標であった競争力の強化によってコンピュウェアの成長はプラスに転じました。

現在の職務を務める直前、ポールはCovisintのCEOを務め、2004年のコンピュウェアによる企業買収を円滑に進めるうえで大きな役割を果たしました。 Covisintに入社する前は、自動車産業向けのサプライ・チェーン管理調達アプリケーションのプロバイダーであるFuture 3の社長を務めた経験もあります。 ボブ・ポールはまた、Coherent Networks, Incorporated(CNI)の社長兼COOも務めていました。

CNIのポジションでは主導的な役割を果たし、人生の分岐点のうち2/3を経験することになりました。 顧客価値の差異化を積極的に推し進め、技術およびサービスを活用して問題を解決した結果、ボブとそのチームは、コストを大幅に削減し、最も重要な目標である増益を達成することができました。

Covisintにおける彼の影響はそれだけにとどまることはなく、 2001年10月に営業およびマーケティング担当副社長として迎えられたボブは、組織の安定化を図り、Covisintに大きな成功をもたらす強力な「市場参入」戦略を考案、遂行しました。 ボブは、企業のリソースを得意分野に集中させ、持続的増益を達成するうえで主要な役割を担いました。 彼の采配の下、Covisintは、再建の最初の年で実質的なユーザー基盤数を100,000台にまで伸ばしました。 それと同時に、Covisintは、経費を56%削減しながら増益を維持しました。

CovisintのCEO兼社長に就任した彼の次の問題は、会社の合併を手がけることでした。 Covisintの再建には、組織の規模を再編成することが不可欠となっていました。 Covisintには、包括的な開発およびサポート機能を要求する顧客が多いためボブとそのチームは、買収対象として、ITに基づく大規模なプロジェクトの経験を持つ大企業に着目しました。 デトロイトに本社があるというのは願ってもいない条件で、 コンピュウェアはその話が持ち上がってからわずか7日間でオファーを出し、 2004年3月1日、ついに合併が実現しました。 以降、Covisintの規模は4倍になり、2つの垂直業界における市場リーダーとしての地位を獲得、毎年、40%を超える成長が期待されています。  

積極的な企業市民でもあるボブは、コンピュウェアへの貢献に加えて、 世界中のビジネス・スクールや業界交流会においてITとヘルスケアの動向について講演しています。 また、ボブは、ミシガン州知事が率いるヘルスケアIT委員会にも参加していました。

熱心なスポーツ愛好家として企業以外の顔も持ち合わせており、 サッカー奨学金でミシガン州グランドラピッズにあるAquinas Collegeに進んだ彼は、ミシガン大学で勉学に励みました。 彼はサッカーのプレーを続けていますが、現在は、25年にわたるコーチ人生から引退しています。 また、ボブはゴルフをたしなむほか、University of Michiganのラグビークラブの選手であったことでも知られており、 ゴルフ愛好家としてWalnut Creek Country Clubの会長も務めています。

英国生まれで12歳までその地で暮らしたボブは、現在ミシガン州ノースビルに妻と4人の子供に加え、貴重なバーニーズマウンテンドッグと、同じくらい愛情を注いでいる雑種の2匹の犬と生活しています。 仕事やサッカーの指導以外は、課外活動で子供たちを応援する彼の姿が見られます。

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デニス・スター
最高管理責任者


公式には、デニス・スターはコンピュウェアのCAOとして知られていますが、 非公式にはコンピュウェアの住み込み魔法使いとして知られています。

デニスの手がける業務のリストほど長い職務内容を持つ社員は、コンピュウェアには存在しないでしょう。まさに「魔法の力」があると人々が考えるのも無理はありません。 すべての企業不動産、施設、買い入れ、郵送および受領、フリート運営、ライセンス管理、製品配布、保険、旅行、セキュリティ、電話オペレータの育成、郵便サービス、総務サポート、コンピュウェアの24時間営業カスタマーサービスホットラインなどは、彼女の業務の一部です。

デニスは1989年にコンピュウェアに入社し、マネージャーやディレクター、シニア副社長、執行副社長などを含む施設および総務関連の責任を担ってきました。 彼女の在職中、コンピュウェアの北米オフィスは6ヵ所から45ヵ所以上に増えました。

彼女の在職中もっとも注目に値する業績は、コンピュウェアの新しい本社を社員にとっても訪問者にとっても素晴らしい場所に変身させたことでしょう。 コンピュウェアのオフィス移転計画の初めから終わりまで、彼女は建物の建設や引越しを監督していましたが、彼女の役目はそこでは終わりませんでした。 彼女はさまざまなサービスやリテール施設を建物に導入する中心的役割を果たし、現在でも コンピュウェアの幼児開発センターやウェルネスセンター、カフェテリアのほか、建物の地下にある人気のショップやレストランなどの責任者を務めています。

何がどうあれ、自分のやることすべてはサービスにつながっており、このスキルは13年のキャリアの初期にDetroit Free Press社で培ったものであるとデニスは語っています。 流通部門のマネージャーとして、彼女はカスタマーサービスの責任も担っているほか、 自身が構築し、地域のマネージャーたちに導入したキャリアーの請求システムの監督も行っています。

デニスが毎日行っている業務をこなすには、多大な時間と努力が必要となりますが、 彼女は自分の忍耐力は2つの要因のおかげだと語っています。 それは楽しむことに対する情熱と、ユニークな問題に対して斬新なソリューションを見つける才能です。

Mercy College of Detroit (現在の University of Detroit Mercy)での専攻を経営学へ変更する以前はデニスはソーシャルワークを学んでおり、そこで培った異なるグループにインスピレーションを与えながら、より効果的に作業をさせるという経験は、貴重なものであったと振り返り、 そのコツの大部分は仕事自体を楽しめるようにすることだと語っています。 自分の仕事に誇りを持つ彼女は、その情熱をユーモアのセンスを発揮したり、クリエイティブな思考を奨励することで同僚たちと共有しています。

コンピュウェアでデニスが魔法使いさながらに様々な業務をこなす一方、さらにコミュニティにも多大な貢献をもたらす時間があるのは驚くべきことです。 彼女は自分の才能や影響、思いやりを他人と共有することを最優先しており、ユニークで社交的な方法でそれを実現しています。 Hospice Foundation、Detroit Economic Growth Corporation、American Red Cross-Southeastern Michigan Blood Services Region、Downtown Detroit Partnership、Detroit Collaborative to End Homelessness Together、Michigan Colleges Foundation、Mercy Education Project、Joint Employment Procurement Advisory Boardなど、デニスは数多くの非営利団体の役員を務めています。

また、Wayne County's Michigan Mentoring Programで指導者を務める彼女は、とある学生に将来の夢や動機をもたらすきっかけを与え、現在その学生は将来コンピュウェアの幼児開発センターで働くことを夢見ています。 彼女はまた、毎年7月に開催されるMake-a-Wish Foundation主催のWish-a-Mile という300マイルの自転車イベントにも参加しており、 普段は自転車には乗らない彼女もこのイベントのために3ヶ月間のトレーニングを行っています。 毎年彼女はコンピュウェア社内からの参加者も募っており、前回のイベントでは80,000ドル以上もの献金を集めているほか、 Karmanos Cancer Instituteのための寄付金集めにも協力しています。

これらの多大な貢献はデニスの寛容さだけによるものではありません。 自身のコミュニティでの問題に関心の高い彼女は、いつも何かしらの方法で他人の役に立つことをせずにはいられない性格なのです。 近年では、肝臓移植を受ける少女の両親の旅にまつわる手配や金銭的なサポートも提供しています。

彼女には米国南部に住む成人した息子がおり、 現在はオークランド郡の自宅で、夫のジョーイと黒のラブラドール犬ジェイクとともに生活しています。 マネージメント関連の本やユーモアのある本を読むのも趣味としており、卓越した顧客サービスの経験を持つ彼女の日記をいつの日か本として出版しようという企画を持ち込む人物があらわれるかもしません。
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